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ジェラシーがあるなら燃やし尽くして灰にして宙に舞ってしまえ

kaishaku01.hatenablog.jp

 

嫉妬かぁ、とあゆおさんの記事を読みながら、考えてしまいました。

最近、自分の嫉妬心から、FB撤退を進行中の私としては、なんて素敵なテーマ!

嫉妬心がわき上がったときの対応って、皆様はどうでしょうか。

 

私は「自分責め」に入ります。。。

 

ああー、あの人は海外の学会で賞取ってるなぁ・・・。(自分なんて、人前で話すのがまず怖い)

第二外国語ぺらぺらかぁ・・・。(自分なんて、英語も微妙だ。イタリア語にも手を付けていない)

ヨーロッパに調査かぁ・・・。(自分なんて、調査計画すら立てられない)

 

あたりの、仕事系が主に嫉妬の中心です。

「自分なんて」病!!

さすが、内向的な性格と言われる:“The Adventurer” (ISFP-T)なだけあります。

内向性82%です。

ほぼ内向、むしろ私の存在が内向かw

なんで、内向的で冒険者なんだよ・・・。

見た目は全然内向的じゃないです、ふてぶてしい系です。

ふふふ。

 

嫉妬を感じたときに、ちくしょーくそー!!となれたら、それをバネに躍進するぜ!!となるんでしょうけど、

(´・ω・`)しょぼーん 

となる私は、引きこもります。

なので、立ち上がるときも自分のリズムで立ち上がるので、無理矢理話を聞き出そうとする相手がいると、苛立ちしか覚えません。

※ある意味、男性的な部分です。

 

 

そうしている自分が楽しいわけではありませんでした。

だって、自分を嫌って責めているんですからね。

今自分が保っている良い部分はガン無視しているんですもの。

そして、どうしたらいいか分からずいっぱいになると、外との関わりを遮断したくなってしまいます。

嫌な自分をこれ以上見なくても済むから。

自分の嫉妬心と、出来ない情けなさは、見たくない自分そのものです。

でも、そうするとどんどん嫌になっていって消えたくなってしまいます。

が、消えることは容易ではありません。

 

そこであゆおさんの今回の記事にハッとさせられたのは、次の文です。

 

>そこを「羨ましい…なのに私は…」ってなっても自由だけど、私は「羨ましい!私なら…」って考えた方が楽しめます☆

>せっかく感情を先取りする見本になる人がネット上でも現実でも目の前にいるんだったら、その人をちょっと観察してみて「もしあの人が私ならどんな気持ちだろう」って想像してみるのもまた引き寄せ実験のひとつになるのかなと思います☆

つまり、

ああー、あの人は海外の学会で賞取ってるなぁ・・・。(私なら、緊張した瞬間をやり遂げた達成感と、まさか賞をもらえるなんてなんで?という呆然感とが入り交じった感じで私はそこの舞台になっているんだろうな)

第二外国語ぺらぺらかぁ・・・。(私なら、英語でイタリア語を習ったら、調査という名目でイタリアの食に関するワークショップに参加したり、私自身も発表して、そのあとイタリアで料理をちょっと習ったりするのも楽しそう)

ヨーロッパに調査かぁ・・・(私なら、まずは、10月のパリだな。そこで食育週間がどんな風に行われているか見てみたいな。フランス語不安だな、現地の友人に手伝ってもらえるかな)

 

辺りで変換してみました。

 

なに、これ・・・・。

キラキラ瞬間の完成か!?

 

 

ところで、嫉妬すると言うことは、どういうことなのかしら。

#19【Q&A】彼氏がいない私の周りで恋バナをする人たちがムカつきます(引き寄せの法則) | 引き寄せの法則・総合解説ブログ『giv』

ヴォルテックスが・・・・とか、その辺は分からないので置いておくとして、

これによると嫉妬とは、

「自分にも出来る要素があることが今は叶ってないことにむかつくこと」

という解釈をしました。

 

確かに、ウサイン・ボルトが世界最速で走ろうと嫉妬はしません。(凄いとは思う)

テニスのサーブが200kmで打てるからと言って、グルビスに嫉妬はしません。(打たれたら死ぬとは思う)

 

つまり「自分でも何とかなるんじゃ・・・?」ということに人間は嫉妬するということです。

なので、嫉妬を感じることは、挑戦してみる価値はあるんじゃないかと考えました。

だってなんとかなるかもしれないことですからね。

嫉妬すると言うことは、すでに「じぶんがもしそうなっていたら・・・」(でもなっていない)ということで、妄想(想像)しているわけです。

人間って、想像できないことは現実化しないんですって。

それは当然ですよね、だって「想像できない=その人の世界にはない」ということですから。

少なくとも、それに向かっていくことは出来ません。

まぁ、思いも寄らぬことが起きて・・・ということもありますから、全く現実化しないわけではないけれど。

それは向かっていく過程で思わぬことが起きて、思わぬ結末になるので、過程がないとやはり思わぬ結末もないのでしょう。

 

「自分の中にある願望」が嫉妬という形で顔を出したとき、

嫉妬=願望ということになるなら、嫉妬具合で自分の思わぬ気持ちを発見できる(もしくは再確認できる)とも言えます。

気にしてないさ~と思っていたのに、いざそれをしている人が目前に現れると激しい嫉妬に駆られるなら

「あなた、それを求めていたのよ」ということになり。

今すぐ!!目の前に差し出しなさい!!と前のめりで思っていたのに、いざそれをしている人が目前に現れると「・・・・・別にいらなかった」ということになるなら、自分にとっては大したことじゃなかったということ。

周りの環境や人からの意見で必要と思い込んでたけど、実は結構要らなかった、というのを計るのにも嫉妬は便利なのかもしれません。