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人生で最悪だったときは?

人生で最悪だったときは?

 

この質問がたまたま目に入って、考えてみる。

それで思い出したのは、25歳のとき。

 

今日は奨学金申請への面談があって、自分の研究の事を説明しながら、やっぱりまだ分かっていなくて、何年もやってて、これ?もう続ける意味なんてないんじゃないの?という気持ちで、しょんぼり歩いていたら、ふと質問が目に留まり、7年前の事を思い出しました。

 

25歳の10月の私は、呆然としていました。

 

婚約直前までいった恋人と別れ、会社は事実上の首。

恋人との結婚生活に頼り切っていた寝ぼけていた頭は、思い切り殴られたわけで。

自分のこれからは、恋人とうまくやっていくことと海外での生活で占めていて、それが無くなりました。

 

別れより何より怖かったのは、自分の心の中に将来や未来への希望が全然なくて、空っぽだったこと。

 

あれ、私やりたいこと、なんだったっけ?

彼がいない、なにもない・・・。

 

怖い、ということは、これか!と初めて分かりました。

自分の人生への主導権なく過ごしていたツケだったというわけです。

 

「どうなるかは分からないが、彼が好きだから、やれることをやっていく」という自分主導の感覚ではなく、

「これで海外での生活も果たせるし、仕事もしなくていいや」という「不安発」彼頼みの感覚が持ってきたものは、不安だったというわけです。

 

まさに、引き寄せ?

 

仕事がなくなって、数日両親の家にいくものの、悲劇のヒロインだった当時の自分では、自分がこうなったのは、両親との関係がうまくいってないから、と母親に言うも「悪い事は全部親のせいか!?」と罵られ、やっぱり分かってもらえない、とさらに落ち込む有様。

さすが「不安発の彼頼み」は、同じような不安、ショックを連れてきてくれるわw

 

そこから、友人の家で、一ヶ月、北の地で居候生活。

オバマ大統領初当選のニュースを聞きながら、私これから、どうするんだろう・・・と料理をしていましたw

 

同時期に父親のトラブルが発覚したり、それに伴う母親のノイローゼで、両親への気持ちはさらに悪化。

彼との結婚は、それから逃げたい為でもありました。

 

ほんと、私、行くところない。

みんながいう、一旦実家にに帰るって、私の世界にはなくて、気分は悲劇のヒロイン。

 

でもそこで、ハッとすること一つ。

こうやって、居候させてくれる友人。

その地でそのとき知り合った人とは、今も交流があったり。

数日でも、身を寄せられた両親の家。

 

なにもないはずがない。

 

そして、ネットサーフィンをしながら、今の大学院の事を知りました。

なにか、心からワクワクすることが自分への正解だとは確信してました(今よりしてたかも)。

その大学院の事を知り、興味のある分野で、大学院に行ける?と目から鱗、そしてワクワク。

それまでは、自分の興味のある事なんて、つまらないことで、馬鹿馬鹿しいから、現実に実現は無理だろう、と思っていました。

 

お金の為に、生活の為に、仕事をするのか、気持ちの向く方へ飛び込むのか。

25歳の私、決めてみたら?と自問自答。

打算で考えて失敗したなら、打算無しで考えた事に挑戦するのが正常でしょ?

同じやり方で別の結果を望むなんて、馬鹿なの?(アインシュタイン的だ)

 

と奮い立たせて、直接そこの大学院へメールしたのが、同じ年の初冬。

クリスマスには先生に会いにいき、試験に受かったら研究できるよ、願書まだ受け付けてるし、という言葉で、その場で願書を貰い翌月提出。

さらに翌月に試験で、3月に合格通知を貰ったら、すぐに部屋を探しにいき、4月から大学院生になったのが始まり。

 

トントン拍子かと思えば、休学したり、自分の研究が今も分からなかったり。

生活の為のお金の作り方は、まだまだ変わってなかったり。

無理矢理とった修士号に、何の意味も見いだせない。

博士号を取る事には、不安。

とって、なにになる?←とってから言いなさいってw

 

ピンチを思い出して、決断に悩むたびに、当時の事を思い出します。

不安な気持ちは、7年前ときっと同じ。

あのときより年齢を重ねて、あのときより臆病にもなっている。

 

だったら、ちょっとでもほっとする考え方でいいから、試してみたい。

あゆおさんが言っている「ほっとする考え方」は、こんなとき、とても許された気持ちになります。

ワクワクまでは、いけたらいけばいい、いけなくても焦っても良いけど、焦らなくて良い。

 

kaishaku01.hatenablog.jp

※最近はオール手放しを実践しながら、そのなかでの気づきについて、いくつも記事にしているので、「ほっとした考え」を知りたいなら、是非ご覧ください。 

 

この時期に、あゆおさんの記事に出会えたのも、私の収穫の一つなんだよなぁ・・・としみじみ。

 

優秀な周りのなかで、私の物なんて、出しても恥ずかしいだけ、出す価値すらない、もっとべんきょうしてからじゃないと・・・が不安を最高潮に煽る考えでしたw

でも、オール手放しを考えたら、

 

「いい結果がでるかは分からないが、やれることやって、出せる物を出して、あとは知らんけどな(関西独特の言い方で、密かお気に入り「知らんけどな」」

 

今日の奨学金の面談で、オール手放しをするなら。

 

どうも、通常とは違うルートで私は申請したらしいが、たまたま、まだどこも推薦する予定が無かったので、私と会ってみようと面談の場を設けていただけた、ラッキー。

忙しいなか、三人の方が私の為に時間を割いてくれて、なぜかお土産まで渡された、ラッキー。

推薦者を何人か出して、その中から数人程度が奨学金を受けられるので、狭き門だが、こうやって話を聞いてもらえた、ラッキー。

 

辺りです。

 

前の記事で話した、アシスタントの仕事の事も、オール手放しで、そういう風に考えておけばいいのかもしれません。

ま、これは、あとで。

 

ちなみに、奨学金は推薦してもらえる事になり、第一関門突破。

来月中頃まで書類を用意して提出するのが第二関門。

倍率に怯えて、そこに焦点を当てるも一つ。

挑戦できる喜びに焦点を当てるも一つ。